神谷浩史氏が語る声優としてプロで活躍すること

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今やアジアNo1の人気を誇るといっても過言ではない人気声優の神谷浩史氏。

福山潤氏や田中真弓氏との対談で、何故声優になったのかについて話されていたが、非常に面白い話をされていた。プロ声優になった方は、大変血の滲むような努力を積み重ねた末になったかと錯覚をしてしまうけど、当の本人達曰く、全員がそうではないとかwww

逆に声優志望者は自らハードルを上げてるが、本当に大変なのはプロになってから!!
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神谷氏は何故で声優になったのか!?キッカケは!?

元々全く声優になる気は無く、学生時代は体育会系を代表する空手部に所属してたらしい。

3年の6月に地区大会で敗れ、受験に向けて勉強するのがお決まりのコースだったが、本人曰く勉強する気になれず、絵を描いたりする同期を見て、若干芸術の道に憧れはあったとか…

文化部であれば9月くらいまで部活が出来ることを知り、美術部や軽音学部にいる友人と一緒に活動する中で、ある友人が演劇部を作ると言い出した。受験を目前に控えた3年生が何をトチ狂ってるんだとツッコミたくなるが、人数合わせとのつもり入部することに…

普通高校演劇部と言えば、部員の大半を女性が占めるようだが、その演劇部は大半が男性で構成されていた。図書館にあった『高校演劇戯曲集』なるものを引っ張り出し、全員で作れそうな作品を選び、日々演技練習の励んでいた。

元々裏方をやろうと思っていたそうだが、当の本人が主役をやることになり、大会で『個人演技賞』をついつい取っちゃったらしい。たまたまこの世界に入ったと言っているが、演技賞を取るあたり、元々才能があったのかもしれない。

高校卒業後は青二塾へ入所することになる

たまたま演技賞を取ってしまった本人は、演技雑誌の半ページにでかでかと青二塾の広告が掲載されているのを見て、青二塾に行くことを決意。

その頃は将来について何も考えていなかったらしく、とりあえず学校に勉強しに行く程度にしか思っていなかったとか。後に夏に卒業公演の存在を知り、オーディションを受ければ青二に入れるかもと気づき、今に至っているそうですwww

挫折を経験出来るタイミングが早いか遅いか

演劇が好きで演劇部に入っていた経験のある人が養成所に入ると、心の何処かで未経験者より自分は出来ると思ってしまう。神谷氏本人も演劇部で個人的な賞を獲得されているため、そう思っていたそうだ。

だけどそれは、出来ない人達の中でちょっと出来るレベルだから、出来る人達の中に自分が入ってしまうと、自分って出来ないんだって思い知らされる。

出来ていないことは分かっているが、それを認めたくないから、どこで自分が出来ていないと潔く諦め、挫折出来るかが早いか遅いか…

ちなみに当の本人がそれに気づけたのはプロで活躍し始め、つい最近だと言われていた。

アニメーションで名前が売れ出したのも遅かったらしく、それに気付くことが遅かったせいだと自らを戒めていました。

いかがだったでしょうか

最後まで読んで頂きありがとうございました!!

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